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眠れない夜の買い物。

明け方の午前4時。
寝付こうにもどうにも寝付けない……仮に寝付けたとしても、今からではいつもの7時に
起きる事は厳しいだろう……なら、いっその事このまま起きていようと開き直った。

寝ている両親を起こさぬ様、静かに玄関を出て鍵を掛ける。

コンビニへ行く事にした……煙草とコーヒーを買うために。
どうしても寝付けず諦めた時は、それで眠気を抑えつつ仕事を向かうのが毎度の事。
とは言え、辛うじて眠気は抑えられても睡眠が足りていない言うのはどうにも辛い。
職場に着いて仕事を始めるとやはり眠気が襲ってくるのだが、煙草とコーヒーの興奮と
それが同時にのしかかってくる感覚が、何とも気持ち悪い。

道へ出ようとすると、左の方から不思議な声がした。

何かと思い、暗い玄関前から動かず様子をうかがうと、外国人らしき男が自転車に乗って
何か独り言を言いながら、左から右へサァッと走り去っていった……どこの国の言葉かは
分からないが、何となく響きが南米方面の物に思えた。少し不気味だったので、自転車が
走り去ってから少し経って道に出たが、右に何十メートルか行った辺りにはまだ自転車の
影が見え、まだ何か言っている声が聞こえる。

道を渡り、近所のコンビニへ歩く。

住宅街の中にあり、歩いて大体5分ほどの所にあるのでとても使いやすい。
最近建った向かいの家はこんな時間にも一階が明るく、ひょっとしたら明かりを消さずに
寝てしまっているのかもしれないが。

ほどなくして、コンビニに着いた。

店内に入ると他に客はおらず、店員2人が商品を陳列に並べている所だった。
入って左の雑誌コーナーへ……特に興味を惹く雑誌はなく、人気の海賊漫画の新刊らしい
単行本が一瞬目に留まった程度だった……この漫画は一体、何巻まで続くんだろう。

飲み物のコーナーで<朝専用>の缶コーヒー。
店員が品出しに追われて無人なレジの前に立って、どの煙草を買うか品定め。
銘柄は<必ずコレ!>と決めている物はない……気分よってコロコロ変わる。
そういう奴は浮気性だと誰かが言っていたが、生憎恋愛の機会が自分はない。

「お願いします」

レジから手前の所にいるおばさんの店員に声を掛ける。
愛想良く<いらっしゃいませ>とも言わず、おばさんがレジに入る。
149番の煙草を下さいと言い、おばさんは速やかにそれを陳列から持ってくる。

銘柄は決めていないが、買うのは大体メンソール。
年齢確認のタッチパネルを押し、コーヒーと煙草で560円也。

「このままでよろしいですか?」
「あ、はい」

テープを貼ってもらい、そのまま持って店を出る。
外はまだ暗い……そして、車も人もまるで通らない帰り道。
歩きながら思う事は<あーあ、また買っちまった>である。
煙草は金も掛かるし、欲求に負けて吸った所でただ気持ち悪くなるだけ。
中毒と言う惰性である……とは言え、眠気を抑えるにはコーヒーだけでは物足りない。

帰り道では何とも出くわさず、すんなり家の玄関に着いた。
買ってきた煙草とコーヒーを開け、夜明けの一服。
どちらも刺激の強い物だけあり、後から来るダルさや胃もたれがこれまた辛い。
しかし、通勤や仕事で居眠りなどぶっこくわけにもいかない……何とも悪循環。

そうして、2本吸い終わると静かに玄関の鍵を開け、自室に戻った。

布団は家を出た時のままだが、今更寝直す事もできないのは言わずもがな。
さて、何しよう……趣味でやっているカードゲームのデッキをケースから一つ取り出す。
今度仲間と対戦する時のシミュレーションをして見た……こうしたシミュレーションでは
上手くいく気がするも、仲間も相当な手練ればかりなので、実戦では大体いつも負ける。

ふと、思った。

今コンビニに行ってきた事を題材に、ちょっとした短いホラー小説でも書くか。
ちょうど前の晩にホラー小説を読んでいた事からの思いつき。
ホラーとは言ってもそうした物はやや控えめで、主人公達が妖怪や神の行き交う不思議な
世界を冒険してゆく、むしろファンタジーに近い作品で、想像力をとても刺激された。

そうして、パソコンを立ち上げる。
文書作成ソフトは使わず、ブログに直接書き込む事にした。
タイトルは分かりやすく<眠れない夜の買い物>で……この小説である。



























しかし、どこもホラーではなかった。

そもそも小説ですらない。
ただ単に<眠れないからこんな事してたよ☆>という、いわばエッセイであった。
書き始め、気付けばすっかり外は明るくなり、時間も6時半近く……うん、いい時間だ。

と言うわけで、浅倉の不眠な一日の始まりです!
クソ辛いけど行ってくるぜ、イエイッ!(^▽^/
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DEATHRASH / Episode 01

 -注意-

 当作はグロテスクな表現を多く含むため、R-15指定とさせていただきます。
 苦手な方は予め閲覧をお控え下さい。
 また、当作は暴力などの犯罪行為を助長する物ではありません。
 現実と虚構の区別が困難と思われる方の閲覧は堅く禁止いたします。
 万が一の場合、私・浅倉明および当ブログは一切の責任を負いません。
 全て、各閲覧者様の自己責任でお願い申し上げます。


 ※過去の話を読む場合はブログ右端の「カテゴリ」→「小説」から検索できます。

EPISODE 01 / VENGEANCE -復讐の子

 ◇ ◇ ◇

 鬱蒼と茂る深い森を、一つの気配が獰猛な殺気を撒き散らして駆け抜けていた。
 向かう先から響いてくる轟音、怒号、悲鳴――それは戦いの気配を辿っていた。
 
 ――悲鳴。
 
 また誰か――男の悲鳴が上がった様だ。
 その悲鳴は何かに押し潰されたかの様に、くぐもった感じで途切れた。
 声の主は恐らく死んだ。
 もうここからそう遠くない場所だ。
 
 ――怒号。

 次に別の男の怒号が響いた。
 悲鳴を上げた男の名前を叫んだ様だ。

 ――咆哮。

 そして、獣の野太い咆哮が上がった――近い。
 気配は最後の木々をすり抜け、その先の眼下を広がる光景を捉えた。
 
 ◇ ◇ ◇

 大国・ストロムブラッド。
 その南部に広がる森林は、けたたましい怒号と轟音に静寂を破られていた。
 獰猛な一撃が振り下ろされ、凄惨な悲鳴と共にまた一人が頭部を砕かれた。
「ピートッ!!!」
 部隊長のヤリが、その男の名を叫んだ。
 餌食となったのは今のピートで二人目。

 場には剣や槍など得物を握り締めた九人の男達の姿。
 彼等と対峙するのは、銀色の体毛を持つ一頭の巨大な熊。
 数メートルに及ぶ巨体のそれは、狂った様に剥き出した歯を軋ませ、二つの紅い眼球で
足元に散らばる虫けら達を睨みつけている。
 
(……これほどとは)
 目の前にそびえ立つ死の壁に焦燥を覚えるヤリ。
 この大熊の肉は屈強な兵達の刃を食い止め、反撃の一撃で既に二人を屠った。
 真っ向からの勝負で勝ち目などない。
 すくみ上がる獲物達の恐怖を、銀色の大熊は咆哮で煽り弄ぶ。
 二の足を踏み膠着する部隊。
 確かに分は彼等にはない。
 状況が続けば全滅は免れない――続けば、の話だが。
「全員、下がれっ!」
 隊の後方に控えていた一人が怒号にも近い叫び声を上げると、前方を固めていた兵達は
それを合図に一斉に後退する。
 叫んだ男は他の者が鎧を着込んでいるのに対し、ローブを着込んでいる。
 それは「魔術師」と呼ばれる者の装いである。
 手前の獲物達が逃げた事で、大熊は狙いをその魔術師に切り替えて突撃する。
 魔術師は迫り来る大熊へ向け、両手を突き出した。
 その瞬間、炎の怒涛が迫り来る大熊の視界を埋め尽くし、辺りを赤く染める。
 魔術師の両手を中心に光の輪が発生し、凄まじい業火が唸りを上げ放射されたのだ。
 勝機と踏み猛進して来た大熊。
 突然の炎を避ける術などない。
 戦慄する一瞬の内に全身を業火に包まれ、たちまち火ダルマと化した。
 絶叫しながら暴れ狂う大熊の姿は、敵ながら憐憫を抱きかけるほどに凄絶だ。
 その体毛と皮膚を業火に焼かれてゆき、焼けた脂の不快な臭いが立ち込める。
 力押しで勝てる相手でない事は最初から明白だ。
 魔術による応戦が攻めの要と判断し、他の兵達は魔術師が術を組み終えるまでの時間を
稼ぐ役目に回っていたのである。
 やがて炎の鎮火と共に、大熊の動きが鈍くなってゆく。
「かかれっ!!!」
 勝機!
 ヤリに先導され、兵達が再び攻めに転じて前進する――戦局は逆転した。
 兵達は剣や槍など各々に得物を大熊の急所を突き刺していく。
 業火により俊敏さを削がれた大熊に反撃の余力など既にない。

 ――やがて、眉間を貫いた一撃によって大熊は遂に絶命した。

 ◇ ◇ ◇

 失った仲間達の埋葬を終え、兵達は少しの休息に入っていた。
 他の兵達は各々に殉職した仲間の墓に祈りを捧げたり、負った怪我の処置や雑談などで
出発まで待機している状態だ。
「……あの人、いつまでああしてるのかね」
「さあ……ま、ああしている間はゆっくり休めるだろうし」
 兵達が視線を向ける先には先ほど討ち取った大熊の亡骸。
 その傍らに立ち続けるヤリの姿があった。
「…………」
 討ち取った大熊の傍らに佇み、ヤリはその屍を見つめている。
 似ている。
 全身を無惨に貫かれ、焼かれたこの亡骸。
 それがある遠い日の光景に酷く似ていて、彼の脳裏を静かに苛んでいた。
 
 焦土と化したあの場所に横たわる人々の死体。
 それを見つめる、血まみれな自分や仲間の姿。
 殺したのは自分達だ。
 それらは夢ではない――八年前、実際に起きた出来事の記憶だ。
 あれを虐殺以外の何と呼べばいい?

 そして。
 その真ん中で血を涙を流して泣き叫んだあの子供。
 あの子供が笑っていた時の顔も自分は知っている。
 名前は……なんと言ったか。
 無邪気な子供の笑顔だった……それをあんな風にしたのは紛れもない自分達だ。
 俺達のした事が正しかったか否か。
 あの子供こそが、全ての答えじゃないのか?
 
「――報告にあった銀色の熊……こいつと見て間違いなさそうですね」
「!!!」
 不意に横から言葉をかけられ、その思考が断ち切られる。
 見やると、声の主は先の戦闘で炎を放った魔術師の男だ。
「……その様だな」
 少し間を置いてヤリは言葉を返す。
 感慨に耽り過ぎた余韻で、その返事は少し緊張感を欠く。
「……他に仲間がいる可能性も」
「なくはない……祈るばかりだ」
 彼等はシュラプネルと呼ばれる騎士団の者達。
 数十年前に起きた魔族との大戦におき名を馳せた英雄により結成され、辺境に出没する
魔物達の討伐を請け負い続ける、ストロムブラッド最大の武装勢力である。
 ここ最近、この森を中心に先ほどの様な魔物が出没し始め、鹿などを狩りにやって来た
近隣の住民が犠牲になっているとの報告が入り、今回十一人編制の部隊で討伐へ来た。
「は、はあ」
 ヤリの不自然な受け答えに、魔術師の男も多少の違和感は覚えていた。
 そこで会話は終わってしまい、気まずい沈黙が生まれる。
(……いかん、いかん)
 ヤリはどうにか目の前の現実に意識を引き戻し、辛うじて言葉を紡ぐ。
「ところですまん……君、名前は何と言ったかな?」
「ロバートです」
 ヤリに問われ、魔術師のロバートは名乗る。
 まだ若い、二十代前半ほどの青年だ。
「ん、そうだ、ロバートだったな……うちはもうどれくらいになる?」
「二年……ほどだと思いますが」
「そうか……うちも規模が大きいからな。顔と名前が一致せんで困る」
「ははは。お役に立てる様、鋭意務めさせていただきます」
「ふむ、なかなかの模範生だな」
「そんな」
 言われ、ロバートが少し照れ笑いをする。
「…………」
 ヤリはロバートの顔を見つめる。
 真摯で従順な青年のその顔を見て、ヤリの中に再び先ほどの闇が蘇った。
「……君はこのシュラプネルを正義と思うかね?」
「……は?」
 あまりに意外で唐突な問いに、綻んでいたロバートの顔は凍りつく。
 ヤリの顔を見る。
 日々の職務に心身を磨り減らされた疲弊とも違う、何かに真摯に葛藤するかの様な酷く
影のある顔を向けているのだ。
 どうしてそんな事を聞くのか――ロバートの心中を見透かしてヤリが続ける。
「君は昔の俺と似た目をしている……まっすぐな目だ。君だけじゃない……若い連中には
そういう目をして入ってくる者も多い……正義感に溢れたな」
「……隊長?」
「人々の平和を俺達は本当に護っているのか?」
 ヤリはそう言い残し、その場から去って行った。
「…………」
 訝しげな顔でロバートはその背中を見送る。
(噂通りだな)
 他の兵達の間で、ヤリのどこか病的な言動は時々噂になっていた。
 今のあの顔――そして、去って行くあの背中。
 言い知れぬ罪を抱え生きる様な姿に、ロバートはある話を思い出した。
 ある先輩から聞いた――公言する事ははばかられる話だ。

 自分が入隊するより以前……今から八年ほど前の事だそうだ。
 国の南東に広がる山岳地帯にあったトアフォスタと言う小さな山村。
 シュラプネルはその村を襲撃し、村人達を皆殺しにしたのだと言う。
 焼き尽くし、殺し尽くし――何もかもが肉の抜け殻と灰と化すまで。

 シュラプネルは村を焼き、同じ人間を虐殺した。
 先の大戦で平和を勝ち取った英雄によって築かれ、人々の平和を守り続けてきたはずの
 この組織は、自分達の存在理由と真逆の暴挙に走り、それを世間から隠し続けている。
 それは紛れもなく、シュラプネルという存在の善悪を覆すだけの行為だ。
 その理由を訊ねる事は許されなかった――ただ、こう言われた。

 シュラプネルという組織は、いついかなる時も善である物とは限らない。
 時として悪にならざるを得ない事もある。
 それにより自分達を憎む者も、離れて行く者も現れるだろう。
 ただ、シュラプネルはいつでも大勢の平和を救う事だけは忘れていない。
 去ってゆきたければ去ればいい。
 わだかまるならば留まればいい。
 そして、シュラプネルが成す正義の形を見極めてみろ――と。

 ――人々の平和を俺達は本当に護っているのか?

 先ほどのヤリの言葉。
 彼――ヤリがその事件に関わった一人である事も聞いてはいた。
 あれは紛れもなく、当時の罪悪感に苛まれた心の現われだろう。
 このシュラプネルという組織が善なのか悪なのか。
 本質を見極めるまでに自分は未だ至ってはいない。

 ヤリもロバート達も気付いてはいなかった。
 先ほどの戦闘に引き寄せられやってきた、新たな気配とその視線に。
 それは彼等が休息をとっている場所からは少し離れた木の上にいた。
「…………」
 茂る葉の陰から、それは彼等の様子を獰猛な双眸で凝視する。
 木の幹を掴む右腕が微かに陽射しを受け、暗がりから浮き上げると、それは悪魔の腕を
模したかの様な毒々しい輪郭を成していた。

 ◇ ◇ ◇

 あの出来事だけじゃない。
 このシュラプネルという組織が、自分達の正義のため他の誰かを犠牲にする姿を。
 その犠牲となった誰かが、その叫びすら握り潰され消えていった姿を。
 その事実を黙認し続ける仲間や自分自身の姿を。
 俺は何度も何度も見てきた――見せられてきた。
 俺の中の信念や忠義やなど、とうに枯れ果てた。
 何度もここを去る事を考えた。
 もう耐えられなかった。
 だが……できなかった。
 俺自身が、戦いを生業にする事に慣れすぎてしまっていた。
 これ以外、自分にどんな道があるのか分からなかった……怖かったんだ。
 自分が路頭に迷う姿が何度も頭に浮かび、結局ここにしがみ付いている。
 俺は――

「…………」
 悪い癖だ……これ以上はやめよう。
 仕事中だし……部下もいる。
 ヤリはふと我に返る。
 一時間ほどの休息を終え、シュラプネルの兵達は再び森を進み始めた。
 報告にあった問題の魔物は、先ほどの大熊の事と見て違いないだろう。 
 目的は果たした……彼等の仕事はこれだけでは終わらない。
 彼等が次に探している物……それは「臭い」だ。
 この深い森を進むにつれて、彼等の嗅覚は徐々にある臭いを拾っていた。
 辺りに茂る植物の臭いでも、血の臭いでもなく、腐敗臭ともそれは違う。
 化学的な――ガスの臭いだ。
 彼等はこの臭いの源を探し、森を進んでいる。
 
「………!」
 視界の左端で動く何かを捉え、ヤリは足を止めた。
 追従する兵達も彼の緊迫した空気を察知し、素早く身構える。
 
 ――いる。

 向こうに――木々のを挟み数十メートルの所に、確かに何かがいる。
 大きさは相当だ――魔物に違いない。
 茂る木々に光を遮られ、輪郭はハッキリと捉えられない。
 だがそれが宙を飛び、木々の隙間を悠々と漂っているのは分かった。
 鳥?……それにしては、やけに動きがうねっている。
 身体を左右に振りながら、まるで水中を泳ぐ様に……あれは!
「……やはり、さっきの一匹だけじゃなかったか」
 その何かがこちらを向く……敵に気付いたのだ。
 木々の暗がりに紛れたそれの顔どころか全貌すら、ヤリ達には捉えられない。
 だが殺気に満ちた眼光を向けられている事は、全身を走る戦慄が教えている。
「来るぞっ!」
 ヤリが叫ぶ。
 それが一直線にこちらへ突撃してくる!

 巨大な口を開き、暗がりから飛び出したその輪郭を彼等の目は捉える。
 それは魚……紛れもなく魚だ!
 種類は鮭か何かに良く似てはいる。
 しかし、先ほどの大熊と同じく常軌を逸した巨躯をしており、距離が開いていれば鮫か
何かと見間違えても不思議はない。
 それが水もない場所を……木々の隙間を魚が泳いでいたのだ。
「伏せろっ!!!」
 ヤリの合図で全員が身を屈め、魚の突進をやり過ごす。
 魚の魔物は勢い余って大木に突っ込み、轟音が上がる。
 魚と言うのは障害物に激突した衝撃で死んでしまう物だが、こいつは違った。
 砕かれたのは大木の方だ。
 魚の魔物は今の激突を物ともせず、ヤリ達の方を向き直す。
 一同はその形相に蒼然とせずにはいられなかった……笑っているのだ、魚が。
 魚が人間の様に――笑みを浮かべる狂人の様に口元を吊り上げ、太く獰猛な牙を覗かせ
 こちらを見やっているのだ――瞳のない真っ白な目玉で。
「なんて事ない……さっきの奴より全然軽いですよ、こいつは」
 だがそれにも動じず、兵の一人・トーマスが不敵な笑みを浮かべる。
「隊長!先を行ってください!ここは俺とダンで片付けます!」
「俺かよ!」
 いきなり名指しされたダンが迷惑そうに声を上げる。
「生きてこちらに追いつけ!いいなっ!?」
 ヤリはロバートの他五人を引き連れ、森の先を急いだ。
 ダンは「おいおい」という顔で遠ざかる本隊を見送る。
「……さあ、来やがれ」
 トーマスはダンの先に立ち、魚の魔物と対峙する。

 ◇ ◇ ◇

 星の瘴気。
 この世界に魔物を生み出しているガスはそう呼ばれる。
 世界各地の地底から噴出するとされるその瘴気は、学者や魔術師達の間で星そのものが
生み出す有害物質とされており、あらゆる生物の細胞に変化をもたらすとされる。
 前例をあげれば先ほどの大熊の様に通常とはかけ離れた体躯に成長する他、翼の生えた
野犬などと言う、部位の奇形な発育も挙げられ、特に成長期までの生物がこの瘴気の中で
生活する事でそういった変化が顕著だとされる。
 この世界ではそれらの生物を「魔物」と定めているのだ。
「……近いな」
 呟くヤリ。
 森を進むにつれ、瘴気の臭いが強まってきている。
 追従する他の五人もそれに気付いていた。
 彼等の役目とは魔物の討伐の他、その瘴気を封印する事にあった。
 魔物は瘴気によって生み出される。
 ならば、魔物が出没する場所には必ず瘴気が発生していると言う事なのだ。
「……ここか」
 探索の終着点――それは小さな湖だった。
 トーマス達と分かれた場所からそう遠くはない。
 瘴気は湖の水から発生しているのではなかった。
 湖の中に佇む岩盤――そこに入った亀裂から漏れているらしかった。
 目を凝らせば、微かに紫がかったガスが漏れているのが分かる。
 それこそが先ほどから嗅覚を刺激している臭いの正体――星の瘴気である。
 星の瘴気は、いついかなる場所から発生するか誰にも予測はできない。
 ただ、人間達に干渉されない自然の中に発生する事が傾向はある様だ。
 すなわち。
 俗世で呼ばれる「魔」とはこの星そのものが生み出している産物であり、彼等人間達に
できる事は、自分達の暮らしの害になる場所に発生した瘴気をできる限り遮断し、それに
あてられた「魔」を討伐してゆく事にすぎない。
「ロバート、頼む」
 ヤリに促され、ロバートが前に出る。
 ローブは脱がず、着衣のまま湖の中を岩盤へ向かって歩いていく。
 岩盤まで辿り付くと、ロバートは金槌と鉄の杭を取り出し、杭を岩盤に打ち始める。
 甲高い硬質な音が湖のほとりから見守るヤリ達の耳にまで届く。
 杭を通して、瘴気を噴き出している岩盤に封印の施術を施すのだ。
 魔術師であるロバートがヤリ達に同行した理由は、単純に戦闘における後方支援という
だけではなく、瘴気を封印するための施術も兼ねていた。
 杭を打ち終えると、次にロバートは手をかざして目を閉じ、呪文を唱え始めた。
 魔術師でない者には聴きなれない、特殊な言語による詠唱。
 この瘴気を塞ぐための術を施しているのだ。
 次第に打ち付けた杭が蒼白い光を帯び始め、瘴気を噴き出している岩盤にも伝わる。
 ロバートは詠唱を唱え続ける。
「……エントゥームドと言うのは、これとは比べ物にならないのでしょうか?」
「さあな、俺もその土地を見た事はないものでな」
 兵の一人がヤリに訊ねる。
 エントゥームド。
 埋葬された、という意を持つその場所はこの瘴気が世界で最も異常発生する場所として
知られており、かつては「魔界」と呼ばれていた場所である。
 そのエントゥームドの住人達は、人も獣もみな異形な姿へ進化していると言い、彼等は
世界から畏怖と拒絶を込め「魔族」などと呼ばれている。
「……しかし、だいぶ派手に暴れているな」
 ヤリ達はトーマス達を残してきた方角を見やる。
 その方角から断続的に轟音が聞こえてきていた。

 ◇ ◇ ◇
 
 ――轟音!
 
 ――轟音!

 ――轟音!

 ――轟音!

 ――轟音!

 凄まじい轟音が森に繰り返し響き渡る。
 それは魚の魔物が木や岩など、障害物に激突する度に起こる音であった。
「そら、行ったぜっ!」
 トーマスはまるで遊んでいるかの様だ。
 だが、それにつき合わされているダンの顔には遊びなど欠片もない。
 襲いかかってくる巨大な魚をギリギリまで引きつけ、それをかわす。
 魚はその反動で獲物の背後にある木や岩などの障害物へと激突する。
 二人は先ほどからそれを繰り返していた。
 魚の魔物からは目に見えて、最初ほど動きにキレがなくなっている。
 大木を砕く力と頑丈さがあろうと、これだけ衝突を繰り返せば負荷は必ず掛かる。
 初めはその迫力に気圧されはしたが、やはり動きは直線的でワンパターンだ。
 上手く障害物へ激突する様に誘導し続ければいい。
「そろそろ仕上げるか……いいか、一発で仕留めるぜ?」
 トーマスに言われ、ダンがコクリと頷く。
 来いよ――トーマスは楽しげに魚の魔物を挑発する。
 誘われ、魚の魔物は業を煮やし頭上から二人へ襲いかかる……それで最後だ。
 二人はそれをかわすと、魚が地面へ激突した所でその脳天に刃を叩き込んだ。
 魚は悲鳴をあげ、少し地面の上を暴れ狂った後、パッタリと動かなくなった。
「な、軽いモンだったろ?」
「ほとんど逃げ回っていただけの気もするが」
「馬鹿言え。正面から力比べして勝てるわけねーだろ?人間はココが一番の武器なの」
 釈然としないらしいダン。
トーマスはケラケラと笑いながら、自分の頭を指でコツコツ叩いて見せる。
「人間の身体でこんな化け物と真っ向勝負できる奴って言ったら、ロスぐらいだぜ?」
「ロス……ああ、あのツルッパゲにヒゲの……あれは確かに化け物かもな」
「あのおやっさんなら、素手で人間を粉々にできそうだからおっかねえよ」
「だな……ははっ――!?」
 だがそこでダンの笑いは自身の上半身と共に、トーマスの目の前から消失した。
 血の夕立ちを降らせながら、ダンの残った下半身が鈍い音を立て地面に倒れる。
「!!?」
 一難越えた余裕が不意に恐怖へ変わり、凍り付くトーマス。
 不意に横の茂みから飛び出した新たな影。
 ダンの上半身を食い千切ったそれは……やはり巨大な体躯をした狼だった。
 一匹ではない。
 トーマスの位置から確認できるだけでも、三頭はいる。
 消えた上半身が狼の口内で硬く湿った音を上げて咀嚼され、肉と骨の粒と消える。
 残された下半身も気付けば他の狼達に群がられ、跡形もなくなっていた。
 そして、狼達の視線がトーマスへと移る。
 食い足りない――訴えかけてくるいくつもの瞳と牙。
確信として脳裏をよぎる死に、トーマスは震えながら立ち尽くす。
内の一頭がトーマスに牙を向き、襲い掛かってきた。
「う、うあぁっ!!!」
 
 ――死。

 トーマスは両目を閉じ、悲鳴を上げた。
 だが次の瞬間、閉じた瞼の向こうで何かがけたたましく倒れ、地が大きく揺れた。
 腰が抜けかけていた彼はその衝撃に踏ん張る事ができず、尻餅をついてしまった。
(……!!?)
 トーマスは恐る恐る涙の浮かぶ両目を開き、その先に広がる光景を見た。
 そこには――自分に襲い掛かろうとした巨大な狼が倒れていた。
 何が起こったのか。
 その狼の身体からは頭部がなくなっていた。
 そして、頭部があるはずの場所の地面には何か黒い塊が蹲っていた。
 その一瞬を目撃した残り二頭の狼達は竦み上がっている。
 突然頭上から降ってきた何かが、獲物に食らいつこうとした仲間の頭を潰したのだ。
(……人間?)
 黒い塊には所々、人間の肌色の様な箇所があった。
 それがゆっくりと――血溜まりの上で立ち上がる。
 よく見れば、それは黒装束に身を包んだ――人間の少年であった。
 小柄で歳は、十代半ばほどだろうか?
 黒髪に黒い瞳。
 着込んだ黒装束は現代で言えば、黒のタンクトップにデニムパンツの様だ。
 そして、両腕には悪魔の腕を模したかの様な手甲。
 左の腰には、まるで鞭の様に円状に束ねた鉄の鎖。
 両肩や胸元には毒々しい黒の紋様が彫られていた。
「………!」
 ぶつかった視線にトーマスは戦慄する。
 少年の――その瞳。
 感情のない……いや、ある一つの感情だけを宿しているかの様な黒い瞳。
 自分が助けた相手だと言うのに、それを見やる黒い瞳は鋭い輝きを宿している。
「…………」
 少年は言葉を発さず、自分の背後で立ちすくむ狼達に向き直す。
 狼達は怯えていた。
 少年は自分の何倍もの体躯を持つ狼達を、怯えさせているのだ。
 恐怖を取り払おうと、残る二頭は少年へと走り出す。
 だが、それも死に急ぐ結果に終わった。
 少年はかわした一頭目のコメカミに右腕の一撃を叩き込み、先ほどの一頭の様に頭部を
吹き飛ばしてみせた。
 そこへ迫る二頭目。
 頭上へ跳びかわすと左腕で手刀を横薙ぎに放ち、その首をはね飛ばす。
 首が明後日の方向へ飛んでいった二頭目の身体は、トーマスのすぐ傍らを走りぬけると
茂みの中まで突っ込み、何かに激突して止まった様だ。
「……!!!」
 あれだけの怪物二頭を大掛かりな武器や魔術もなく倒してしまった少年に、トーマスは
尻餅をついたまま絶句するしかなかった。
「…………」
 敵はいなくなった。
 少年はトーマスの方に向き直す。
 トーマスは地面に尻餅をついたまま、少年の顔を見上げている。
 見つめ返す少年のその目は――まるで人間のクズを見る様に冷たかった。
「……あんた達、シュラプネルだな?」
 そして冷たく問いかける。
 少し幼さが残る高い声――なのに、愛らしさなどまるで感じられない仄暗い響き。
 あまりの光景に凍り付いたトーマスは、質問を投げかけられたのだと気付くまでに少し
時間がかかったが、ようやく我に返って地面から腰を上げると、それに答える。
「あ、ああ……そうだが」
 噛みながらも、辛うじて問いを肯定するトーマス。
 少年の身体が前へ動く。
「助かったよ――さすがに死ぬかと思っ――」
 トーマスは礼を言おうとし、握手を求めて右腕を前に出す。
 だが言葉を紡ごうとした彼の思考は、不意に右腕の感覚が消えた事で断ち切られた。
「――た」
 語尾を口にしながら、トーマスは自分の腕によく似たモノが地面を転がるのを見た。

 ◇ ◇ ◇

 俺はこの先、どうすればいい?
 死ぬまでここに居続けるのか?
 このシュラプネルに引き摺られながら、磨り減っていくのか?
 部下達とロバートの施術を見守るヤリ……彼の胸に心の闇はまたも囁いていた。
「……くそっ」
 前触れもないヤリの悪態を、部下達は訝しがる。
 今日はどうかしている。
 訝しがっているのは、ヤリ自身もそうであった。
 こんな葛藤はいつもの事だ。
 だが――何かが今日は違う。
 何かが起ころうとしている。
 何かがやって来る気がする。
 そんな予感に今、自分は取り付かれている。

 ――悲鳴。

「!!!」
 次にヤリを現実へ引き戻したのは、聞き覚えがある人間の悲鳴だった。

 ――トーマス!

 ロバートの施術は完了しつつあった。
 蒼白い光を帯びていた岩盤が、徐々に元の重厚な黒へと戻ってゆく。
 だが岸でそれを見守るヤリ達の意識は、今の悲鳴の方へ向いていた。
 繰り返し続いた轟音の後にあの悲鳴――何が起きたのか。

 やられた?――ダンもか!?

 分からない。
 だが、施術が終わるまで彼等は湖を離れる訳にはいかない。
 彼等の胸に焦燥と苛立ちが募ってゆく。

 ◇ ◇ ◇

 トーマスはヤリ達が向かったであろう森の奥へと駆けていた。
 切断された右腕の出血と、道を駆け抜ける疲労に意識を失いかけながら、あの少年から
死に物狂いで逃げ出してきたのだ。 

 違った――違ったんだっ!!!
 アレは味方などではなく、自分達を助けたわけでもない!
 アレの獲物は初めから魔物ではなく、自分達の方なのだ!
 ただ単に――獲物を横取りされるのが気に入らず、割って入っただけなのだ!
 アレは人間じゃない!
 魔物と同じ化け物だ!

 トーマスが走ってゆくのは、ヤリ達が目指した森の奥。
 幸い、道は延々と一本道なので迷う事はない……あそこだっ!

 木々の向こうに水の反射の様な物が見える――おそらく湖があるのだ。
「隊長っ!隊長ぉぉぉぉっ!!!」
 仲間達へ自分の存在を知らせようとした矢先だった。
「タイッ――」
 彼の胴体に何かが絡みつき、頭上へと身体が連れ去られてゆく。
 それは太い鉄の鎖だった。
 精悍な男の喉が、裏返った断末魔の悲鳴を上げる。
 彼はそれをもって、仲間達に自分の存在を知らせる事となった。

 ◇ ◇ ◇

 二度目の悲鳴――やはりトーマスだ。

 近い……声は恐らく自分達が湖まで来たあの道からだ。
 あの悲鳴は……何かから逃げて来ていたのか?
 悲鳴の前に「隊長」と叫び声が聞こえていた気もする。
「トーマス達……」
 部下達の顔に緊張と不安の色が宿る。
 ヤリは湖の方を向き直す。 
 見ると、亀裂から噴き出していた瘴気は既に止んでいた――施術に成功したようだ。
 ロバートが岩盤を離れ、岸へとゆっくり戻ってくる。
 これでようやく動き出す事ができる。
「……ぬかりないな?」
 ロバートにヤリは問う。
 ロバートの顔には、微かに施術の疲労が浮かんでいた。
「はい。これでしばらくは問題ないはず――」
「隊長ぉっ!!!」
 その時、兵の一人が叫んでヤリは振り向いた。
「!!!」
 目に飛び込んできたそれが何かを認めるより先に、ヤリは身体を右へ投げ出していた。
 相当な質量を持った何か。
 それが地面へうつ伏せになったヤリの頭上を横切り、ロバートはそれに巻き込まれ湖の
中へ十数メートルも吹き飛ばされた。
「ロバートッ!!!」
 彼の名を叫ぶヤリ。
 だが、分かっている……あれでは即死だ。
 ヤリ達は自分達へ向け飛んで来た何か……ロバートと共に湖へ沈んだそれを見る。
 それはトーマスの死体……先ほど悲鳴を上げた、トーマスの死体だ!

 ――ジャラッ。

 硬く重い鎖の音と共に、それはヤリ達のすぐ背後までやってきた。
『!!!』
 ヤリ達は振り向く。
 トーマスの死体を投げて寄越した相手――そこには。

 そこには黒い――黒尽くめの少年が独り立っていた。

『………!』
 突然の襲撃に昂る激情を押し殺し、ヤリ達は構える。
 自分より背丈もある精悍な男達に敵意と刃を向けられても、この黒い少年は表情一つも
崩す事はない――ただ、その黒い瞳に宿る炎だけは燃え盛っている。
 その右手は今、束ねた鎖を左の腰へ納めた所だった。
 あの鎖でトーマスを拘束し――投げつけてきたとでも言うのか?
「お前は?」
「…………」
 問いかけるヤリ。
 少年は鈍い光を放つ瞳で、
「……トアフォスタ」
 静かに呪いを込める様にこう名乗った。
「!!?」
 その名にヤリは明らかな動揺を見せる。
 ドクンッ、と重く高鳴る心臓に窒息しかけ、世界が傾く様な錯覚さえ覚える。
 
 ――トアフォスタ。

 頭に胸に――その名が鈍く重く響いていく。
 今、この黒い少年は確かに名乗った――トアフォスタ、と。
 シュラプネルが……自分が忘れてはならぬ、あの村の名を。
 すなわち、この少年は――。
「……俺達を殺しに来たのか」
「………」 
 少年は言葉を返さない。
 ヤリには分かる……彼が沈黙をもって「そうだ」と肯定しているのが。
 トーマス達をやったのはこいつだ。
 少年がゆっくりと腰を落とす。
 彼と共に少年と対峙する五人の兵達も、ヤリの動揺に気付いてはいた。
 何をそんなに動揺しているのだろう?
 彼等にはそれを訊ねる余裕も――

 ――時間も、もう残されてはいなかった!

 少年の足が力強く地面を弾き、矢の如くヤリ達へ疾走する。
『!!!』
 予測を上回る敏捷――速い!
 前方を固めていた兵達は、驚愕する一瞬に内に懐へと滑り込まれる。
 次の瞬間、二つのイビツな悲鳴が上がった。
 少年が打ち込んだ両の拳に、兵二人の身体が腹を中心に砕け散った。
 それはまるで、彼等の身体が独りでに破裂したかの様にすら見えた。
 彼等は少年に、辛うじて視線を追いつかせるまでしかできなかった。
『!!!!?』
 ヤリ達は目を疑う。
 この少年は先ほどの大熊にも引けを取らぬ怪力で、装甲を纏った兵を砕いたのだ。
 少年は二人の残骸が地に倒れるより速くその隙間を擦り抜け、次の標的へ襲いかかる。
 地を滑る様にしなやかな足運び――まるで黒い猫。
 足を止めず、左腕で放った手刀がまた一人を脳天から下へ両断する――三人目。
 次の兵が少年を目掛け、槍を突き出した。
 狙いは心臓。
 正確な一撃。
 だが、切っ先が穿孔したのは空気だけだ。
 少年は突撃するスピードを殺さぬまま、最小限の動きでそれをかわし、左頬のすぐ横を
突き抜ける槍の柄に掴みかかる。
「うおっ!!?」
 槍を握った兵は思わず声を上げる。
 自分の身体が、上下逆さまに宙へ浮いてゆくのだ。
 少年は自分の倍も重量があるはずの兵を、槍と共に頭上まで持ち上げたのだ。
 そのまま後続の一人へ飛び掛かる。
「あっ、あっ!……うあぁぁぁあっ!!!」
 巨大な金槌の様にそれを振り下ろし、叩き付ける。
 頭上から迫る巨大な影に、後続の一人は悲鳴と共に押し潰される。
 槍を握っていた兵も激突の衝撃で全身を強打し、絶命する。
 轟音と共に起こる粉塵のカテーン

 ――これで五人。

 ヤリの前方を固めていた兵五人が全滅するまで、一分と掛からなかった。
 だが、その余韻など一瞬たりともない。
「!!!」
 まだ止まぬ粉塵の中を突き抜け、少年はついにヤリの眼前へ到達する。
 少年が斜め下からヤリの脇腹を目掛け、右の一撃を繰り出す。
 ヤリは咄嗟に後へ身体を逃がし、ゴウッと眼前の大気が唸る。
「ぐっ!!?」
 激痛!
 今の一撃が胴の装甲を掠め、腹の皮までを持っていった。
 互いの得物は拳と剣――間合いで言えば、ヤリの方が圧倒的に優勢のはずである。
 先の一撃をかわし、少年の頭部に一刀を浴びせる事もできたはずであった。
 しかし、今のヤリにそれを生かすだけの力はなかった。
 過去の幻影に心を抜け殻にされた彼には、牽制も反撃もままならなかった。
(……死ぬわけには)
 死の警笛を打ち鳴らす激痛が彼を戦場へ引き戻し、武器を構えさせる。
 間合いと取り直し、敵を――過去の亡霊を討てと己を激しく叱咤する。
 少年がヤリを追撃すべく、更に踏み込んでくる。
「うおおおっ!!!」
 意を決し、ヤリは応戦に出る。
 自分の額へ振り下ろされる剣を、少年は両の手甲で受け止める。
 ギギッ……と、拮抗する刃と手甲が擦れる耳障りな音。
 続け様に右から横薙ぎに刃を繰り出すと、少年は後方へ飛び退きそれをかわす。
「!!!」
 少年は思わず瞠目する。
 今のニ撃目からほぼ間入れずヤリは既に追撃を始め、すぐ眼前に迫っていた。
 速い――次の一撃が左上から少年に襲い掛かる。
 体勢が整いきらぬ少年は、右の手甲のみでそれを防ぐ事を強いられる。 
 辛うじて刃を受け止め、少年が歯を剥き出して低く唸る。
 その刃を左へ流し、それと同時にヤリの左へと滑り込む。
 左腕を右へ水平に振りかぶると、それを横薙ぎにしヤリの胴体を裂かんとした。
「!!!」
 だが矢先、少年の顔が大きな手で鷲掴みにされる。
 ヤリが咄嗟に剣の柄から左手を離し、少年の顔を掴んだのだ。
 そして聞き慣れぬ言語で何かを叫ぶと左手が発光し、突風が巻き起こったのだ。
 強風がゼロ距離から顔面に直撃した少年は、身体を数メートル後方にまで吹き飛ばされ
無造作に背中から地面へ打ちつけられた。

 小規模な突風を起こす――初歩的な魔術の一つである。
 ロバートほど専門的ではないものの、ヤリにも多少は魔術の心得があった。
 殺傷力こそないが詠唱に時間を取られもしないため、接近戦の助けになる。

 少年が身体を起こしながら、一瞬顔をしかめるのを垣間見た。
 二人の距離は数メートル――互いに相手の得物の間合いには入っていない。

 少年は右の腰にあるポケットから導火線のついた小さな球を取り出し、奥歯で導火線を
それを噛み締めると、仕込んだ金属片との摩擦で点火させる。
(炸裂弾かっ!!?)
 少年はそれをヤリへと目掛け、投げつける。
 ヤリは突風を起こして爆風を軽減させようとするが、初歩程度の魔術では火薬の爆発を
食い止めきれず、衝撃波がヤリに襲いかかる。
「うぉっ!」
 ヤリが体勢を崩す。
 それを見計らい、少年は身体を低くし衝撃波の中をすり抜けて来る。
 ヤリは左手をかざし、再び突風で牽制しようとする。
 しかし、少年が左腰から抜き放った鎖が左手を捉える方が速かった。
 装甲を纏った兵をも砕く怪力が放つ鎖は、ヤリの左手を事もなく吹き飛ばした。
「!!!」
 激痛――だが、怯まない。
 少年は数歩手前までに迫ってきた。
「うおあああああああああぁあ!!!」
 突貫するヤリ。
残る右腕で剣を振りかぶり、最後の一撃を少年の額へ――
「!!?」
 だが、そこには既に少年の姿はなかった。
 消えたっ!?――いや、違う!
(――加速したのかっ!!?)
 少年はヤリが一撃を振り下ろす刹那、瞬間的にスピードを加速させ、彼のすぐ懐にまで
距離を詰めてきた――間合いによる先攻と後攻を覆してしまった。
 少年が両腕の手甲を交差させる。
「――――」
 不意に互いの視線が重なり、ヤリは永い一瞬の中にいる様な感覚を覚えた。
 ヤリは少年の瞳を――その奥に宿した情念と過去を垣間見てしまったのだ。
 
 この子供が自分達への憎しみを糧に生き延びてきた日々を。
 何百・何千と自分達の息の根を止めるその時を描きながら。
 傷つき・嘆き・病み・歪み――。

 少年が交差させた両腕を翼の様に左右へ展開した。
 八本の爪に、ヤリは装甲ごと胴体を切り裂かれた。
 もはや地面を踏み締める力すら奪われ、ヤリは鮮血を散らしながら崩れ落ちた。

 ◇ ◇ ◇

 戦いの喧騒が去った森の静寂の下、ヤリは仰向けに倒れていた。
 流れ出る真っ赤な血潮にも構う事はなく。 
 傍らまで歩み寄る敵に抵抗する事もなく。
「…………」
 少年がヤリのすぐ傍らに身を屈め、彼の顎を掴んで顔を自分の方に向けさせる。
 哀れみの欠片もない冷たい瞳で、命の灯が消えかけるその顔を覗きこむ。
「――――ぉっ、あっ」
 ヤリは何か言葉を発しようとしてる。
 だが、既にそれすらも叶わぬらしい。
「あんたもあの時の一人だよな?」
 静かに皮肉げな声で少年はヤリに問いかける。
「土産屋のヘルゲおばさんに捕まって、散々売りつけられてたよな?よく喋る商売好きな
おばさんだよ……覚えてるよな?」 
「――――」
 言葉を紡げぬヤリは胸の内に、その答えを浮かべる。 

 ああ、覚えている。
 あの元気の良いおばさん。
 ロクに金もないと言っているのに、あれ買えこれ買えとしつこかったな。
 お前はあの時、店の品物……人形か何かの瓶を倒して怒られた子供だな。

「あれからの八年はどうだった?……俺はあんた達を殺す事ばかり考えてたよ」
 息も絶え絶えな相手に積年の怨嗟を、少年は浴びせかける。
「死ぬのはあんた一人だけじゃない。他の奴等も一人残らず後を追わせてやる……俺達の
人生をメチャクチャにした奴はみんな死ぬんだ……最後の一人まで殺してやる」
 秘めた憎悪の全てを込めたその言葉をハナムケに、少年は右腕を振り上げる。
 それを見上げながら、ヤリは霞んでいく意識に身を委ねる。

 すまなかった。
 あの時からずっと詫びたいと思い続けてきたというのに。
 お前が実際に目の前に現れて、俺は自分の罪からも逃げたくなってしまった。
 怯えてしまった……繕い様もない言い訳すら探しかけた。
 あれだけの事をしておいて、自分が生き残る事など望んでしまった。
 ああ、そうさ――悪いのは俺達なんだ。
 お前から何もかもを奪った俺達こそが、本当の――。
 
 振り下ろした少年の右腕がヤリの頭部を四散させた。
 ヤリという人間だった面影も。
 彼がこの八年募らせてきた自責の念も。
 何もかもが血の粒と消え、辺りの地面や草木に散った。

 その直前に、ヤリはようやく思い出す事ができていた。
 この黒い少年の名を――あの時、焦土の中で血の涙を流し泣いていた子供の名を。

(こら、ノエル!触るなって言ったでしょうが!おとうちゃんに弁償してもらうよ!)
(わーっ♪)
 
 ああ、そうだ。
 あのおばさんに捕まって参ってた時だ。
 ちょうど、あの子供が店の品物を倒してくれて逃げられたんだった。
 ノエル――そう、ノエルだ。
 その子供は……確かにそう呼ばれていた。

「…………」
 右腕を突き出したまま、少年――ノエルはその紅い血溜まりを見つめていた。
 復讐のために人を殺めた罪を、正面から見つめているのだ。
 自分は人を殺した――これからも殺し続ける。
 その現実と罪を直視しながらも揺るがぬ心に、彼は静かに奮い立つ。
 立ち上がり、彼は歩き出す。
 次の怨敵を捜し求め。
 静寂の下に、幾つもの凄絶な死を残して。
 茂みの闇へ消えてゆく黒い復讐鬼の後姿。
 喧騒の去った森の緑と闇は、それを静かに受け入れていった。

 -あとがき-

 なんてこったい!プロローグを掲載してからもう二ヶ月くらい経っちまった!
 べ、別に三日坊主で放置してた訳じゃなんだからね!?
 野郎のツンデレはキモい限りです、はい(^^)
 忙しかったのもありますが、遅筆な上にいろいろ練り込みすぎる性分でして(苦笑)
 まあ、こんな駄文を真面目に読んでくれている人がいるかも分かりませんが。
 プロローグを経て、第一話ここに掲載となりました……加筆修正あるだろうけど。
 書いてる本人としても思いますが……グロいですね、うん。
 音楽の趣味からも伺えると思いますが、どちらかと言うとダークがお好みでして。
 ワイルドにドス黒く燃える人間像というのを、以前から書いてみたかったんです。
 明るくポップな物語が主食の方には辛口かとは思いますが……ま、いいか(^^)
 自分の作品にツッコみを入れるのも変な話ですが、現実なら奥歯に金属片を仕込んでも
 導火線に火って点かないですよね、多分……カッコ良さそうだったから(笑)

 幼き日、その目に焼き付けた全てを奪われる惨劇。
 心を蝕む呪縛から自分自身を救うために戦う少年。
 彼の正義は大衆の正義を飲み込んでゆくのか?
 少年の復讐は幕を開けました。

 では、また来週……じゃないな、来月かな?……いや、再来月?
 まー、のんびり書かせていただきます(^^)
 最後に、読んで下さった方に胸一杯の感謝を!(≧▽≦/

オリジナル小説を掲載します。

漫画執筆に並行し、以前から温めていたオリジナル小説を掲載していこうと思います。
タイトルは「DEATHRASH」と書いて、デスラッシュと読みます。
「死の突撃」という意味ではありません。
デスメタルとスラッシュメタルのクロスオーヴァーである「デスラッシュ」という音楽の
ジャンルから取っており、実在のレコード会社やミュージシャンの名前を引用した単語が
あれこれ出てきたり……まんま趣味に走ってますが、笑わないでやって下さい(^^;)

復讐に生きる少年。
自分がそこに在るために戦う少年。
己が真にどうあるべきかを見出し、過去を清算するために立つ英雄。
それぞれに正義を掲げ、大衆の正義を討つべく狼煙をあげる。

……と言う様な、長編のダークファンタジーです。
一応、全年齢対象ですが、グロテスクな表現が多く含まれると思いますので、苦手な方は
閲覧をお控え下さいます様、お願い申し上げます。

小説への感想やツッコミなどは「ご意見・ご感想」まで。
今後の参考や励みにいたします。
ヘコみやすい性格なので、過度に辛口なコメントはやめて下さーい!(≧人≦)

とりあえず予告までに(^^ゞ
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